アメリカのレコードキーピング会社について
アメリカの確定拠出年金のレコードキーピング会社(記録管理会社)は、2025年時点で約50社あると推定されています。15年前には約400社ありましたが、業界再編や統合、競争による淘汰の結果、大幅に減少しました。
現在では、上位10社で資産総額の約8割を占めるなど、寡占化が進んでいます。以下に主要プレーヤーを示します。
アメリカのレコードキーピング会社ランキング(2024年)
順位 | 事業者 | 管理資産(十億ドル) | シェア(%) | 加入者数(百万人) | 特徴・主な顧客層 |
---|---|---|---|---|---|
1 | Fidelity Investments | 4,002 | 36.7 | 43.8 | 大企業・中堅企業に幅広く展開。IRA口座数でも首位。401(k)、 HSA1、 ストックオプションまで包括的に提供。 |
2 | Alight Solutions | 1,548 | 14.2 | 17.2 | BlackstoneがHewittの福利厚生部門を買収して誕生。人事・給与管理と統合。超大企業のアウトソーシングに特化。 |
3 | Empower | 1,150 | 10.5 | 18.9 | Great-West、J.P. Morgan、Putnamの統合で発足。さらにMassMutualやPrudentialの部門を買収し拡大。中堅〜大企業が中心。 |
4 | Vanguard | 813 | 7.5 | 5.3 | 大企業・非営利団体が中心。低コストのインデックスファンドが強み。 |
5 | TIAA | 615 | 5.6 | 5.1 | 大学・教育機関・非営利団体が中心。403(b)市場で主要プレーヤー。 |
6 | Voya Financial | 586 | 5.4 | 6.4 | オランダINGの米国部門が母体。中堅〜大企業に幅広く展開。 |
7 | Principal Financial Group | 521 | 4.8 | 4.4 | 保険会社を母体とし、中小〜中堅企業、地方企業に強み。 |
8 | Bank of America | 398 | 3.6 | 3.7 | 大企業・銀行関連顧客に強み。 |
9 | Charles Schwab | 300 | 2.8 | 2.7 | 個人投資家向けブローカー事業が基盤。証券と退職口座を一元管理。 |
10 | T. Rowe Price | 292 | 2.7 | 2.4 | 大企業・専門職系に強み。 |
激化する競争と手数料低下圧力
日本のレコードキーピング会社(運営管理機関)は、拠出限度額の低さや加入者数の少なさといった構造的要因から収益性が課題となっています。
一方、巨大市場を持つアメリカでは、事業者数の多さゆえに競争が激しく、手数料の低下圧力にさらされています。事業者の切り替えも頻繁に行われています2。さらに手数料体系が複雑でわかりにくいため3、開示規制やベンチマークレポートの普及による透明性向上が進み、これが一層の引き下げ要因となっています。
このような環境下では小規模事業者が生き残りにくく、大手による統合・再編が進んでいます。Alight SolutionsやEmpowerは、買収を通じて規模を拡大してきた代表例です。
それでもトップ企業は収益性を確保しています。その理由を以下に整理します。
アメリカのレコードキーピング会社が収益を上げている理由
① 手数料体系:資産残高ベース
アメリカでは多くの事業者がプラン資産残高に応じた手数料体系を採用しています。小規模なうちは収益が出にくいものの、資産が積み上がれば自然に収益が拡大。運用成績が良ければ収益も増えるため、加入者と事業者の利害が一致しやすい構造です。
これに対して日本では人数比例が一般的で、資産増加が収益に直結しません。人口減少による加入者数の頭打ちを考えると、将来的な成長余地は限定的と考えられます4。
② 運用報酬:自社ファンドとレベニューシェアリング
FidelityやVanguardのように運用会社を母体とする事業者は、自社ファンドをラインナップに組み込み、口座管理手数料とは別に運用報酬を得ています。
さらに、ファンドの運用報酬の一部をレコードキーピング費用に充当する「レベニューシェアリング」も活用されており、事業者にとって重要な収益源となっています5。
③ 付加価値サービス:マネージドアカウント
マネージドアカウントは、加入者の属性やニーズに応じて資産運用を代行するサービスで、近年普及が進んでいます。費用は年間0.30〜0.60%程度で、レコードキーピング費用に上乗せされます。この「付加価値型」の収益源は、ジムの「年会費(低マージン)」と「パーソナルトレーニング(高マージン)」の関係に例えるとわかりやすいでしょう。
④ 統合プラットフォーム:福利厚生全体の管理
- 事業主の効率化:人事データを一度入力すれば複数制度に自動反映。入力ミスや二重管理を削減。
- 加入者の利便性:退職給付・医療保険・株式報酬をオンラインで一元的に把握可能。
- 範囲の経済(economies of scope):共通システムやサポート体制を複数サービスで活用し、顧客1社あたりのコストを削減、利益率を向上。
- クロスセル効果:導入後は追加サービス契約が容易となり、営業効率が改善。
- スイッチングコスト上昇:複数制度を統合的に提供することで顧客の乗り換えを防止。
この統合戦略は、技術的な優位性、コスト競争力、顧客基盤の安定を同時に実現し、長期的な収益性向上に寄与しています。
注
- HSA(Health Savings Account、健康貯蓄口座)は、医療費の自己負担に備えて貯蓄できる税制優遇制度です。掛金は所得控除の対象となり、事業主が上乗せ拠出した場合も非課税扱いとなります。医療費の支払いに充てる引き出しは非課税で、さらに口座残高を投資信託などで運用することも可能で、その運用益も非課税です。また、65歳以降は医療費以外の引き出しも認められ、IRAに近い役割を果たすため、現役時代は医療費に備えつつ、老後資金としての活用も可能です。2023年時点で口座数は4,000万件近くに達しており、職域を中心に普及が進む福利厚生制度となっています。↩
- アメリカでは加入者が手数料を負担するケースが多いため、彼らの要求でレコードキーピング会社の変更がよく行われています。↩
- コラム「アメリカの401(k)プランの費用について」を参照 ↩
- コラム「確定拠出年金 将来の加入者数予測」を参照 ↩
- コラム「アメリカの401(k)プランの費用について」を参照 ↩
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