日本の確定拠出年金(DC)では、運営管理機関(銀行、証券、保険会社など)が加入者に対して特定の商品を推奨する行為は、確定拠出年金法(第100条)によって明確に禁止されている。では、米国のDC市場ではどうなっているのだろうか。
米国での規制環境の概観
米国では「レコードキーパーによる個別商品の推奨」は法律で一律に禁止されているわけではない。むしろ論点は「禁止か否か」ではなく、推奨の態様によっては、当該行為がERISA(従業員退職所得保障法)上の投資助言(investment advice)と評価され、レコードキーパー(あるいは同一グループの助言主体)が、その範囲で受託者(フィデューシャリー)となり得る点にある。これにより、受託者責任に基づく責任追及・訴訟リスクも生じ得る。
さらに重要なのは、受託者として助言を行う場合、報酬構造や関連会社商品の取扱いなどにより利益相反が生じやすく、助言に伴って追加報酬(変動報酬や第三者報酬等)を得る構造であれば、ERISA上の禁止取引(prohibited transaction)に該当し得ることである。このため、米国で推奨(助言)サービスを提供する実務では、受託者責任(忠実義務・注意義務)を負うことに加え、利益相反を管理しつつ、必要に応じて禁止取引への免除規定(Prohibited Transaction Exemption:PTE)の要件を満たす工夫が求められる。言い換えれば、「推奨は可能だが、責任と利益相反管理の枠組みに乗せることが前提になる」という構造になっている。
一方、マネージドアカウント(Managed Account)は、推奨にとどまらず、加入者に代わって投資判断・運用を行う仕組みである。多くの場合、ERISA第3条(38)項に基づく投資マネージャー(3(38) Investment Manager)としての位置づけを明確化したうえで提供され、助言型(推奨のみ)よりも、法的位置づけが整理された枠組みの下で運用されている。結果として米国市場では、推奨(助言)とマネージドアカウントの双方が普及しているが、いずれも自由にできるというより、ERISA上の責任と利益相反対応を踏まえて提供されている点が特徴である。
投資助言の定義と「5要素テスト」
1974年に制定されたERISAを受け、翌1975年に米国労働省(DOL)は、投資助言の提供を定義する規則 Definition of “Render Investment Advice”(29 C.F.R. § 2510.3-21)を策定した。これは、金融業者がどのような場合に「受託者(フィデューシャリー)」としての重い責任を負うのかを明確にしたものであり、投資助言を「以下の5つの条件すべてを満たすもの」と定義している。
1975年定義に基づく受託者判断の基準
| 要素 | 内容 | 実務上の意味 |
| 助言の内容 | 証券やその他の財産の価値、または売買・保有の妥当性に関する助言を行う | 単なる一般的な情報提供ではなく、特定の商品を指し示す行為 |
| 継続性 | 助言が「定期的(Regular Basis)」に行われること | 一度限りのスポット的な推奨は、原則として該当しない |
| 相互の理解 | 助言が相互の合意や理解に基づいて提供されること | 提供者と受領者の間に、それが助言であるという共通認識が必要 |
| 決定の根拠 | 助言がプランの投資決定の「主要な根拠(Primary Basis)」となること | 補助的な情報ではなく、意思決定を左右する重要な情報としての位置づけ |
| 個別性 | 助言が受領者の個別のニーズに基づいていること | 不特定多数向けではなく、その個人の状況を考慮した推奨 |
※実は、2024年にバイデン政権下の米国労働省(DOL)が打ち出した「リタイアメント・セキュリティ・ルール(2024年受託者ルール)」は、投資助言の定義を大幅に拡大し、一度限りのロールオーバー(資産移換)における推奨であっても受託者責任を課そうとした。しかし、テキサス州連邦地方裁判所による相次ぐ執行停止命令と、2025年後半のトランプ政権による控訴取り下げにより、結果としてその実効性は失われた。
その結果、2026年現時点では、1975年に策定された伝統的な「5要素テスト(Five-Part Test)」が、投資助言受託者の定義を決める基準となっている。
2024年ルールが有効であれば、個別のニーズに基づくと「思わせる」だけで受託者と見なされるリスクがあったが、現在は「定期的」かつ「主要な根拠」という高いハードルが再設定された状態である。したがって、一度限りのロールオーバー勧誘などは、再びERISA上の受託者責任の対象外となる可能性が高まっている。
エリサ法の禁止取引と免除規定
ERISAには「禁止取引(Prohibited Transaction)」という概念があり、受託者が自己の利益(手数料の獲得や関連商品の販売など)のためにプラン資産を取り扱うことを厳格に禁じている。レコードキーパーが自社グループの商品を推奨し、そこから手数料を得る行為は、原則としてこの禁止取引に該当する。
これに対して、「利益相反があるアドバイザーであっても、顧客の最善の利益を優先するなら、例外的に報酬(手数料)を受け取ってよい」とする免除規定が、PTE 2020-02(Prohibited Transaction Exemption 2020-02)である。
PTE 2020-02の主な要件
- 最善利益義務(Best Interest Standard):助言は「注意義務(Prudence)」と「忠実義務(Loyalty)」の双方を満たさなければならない。助言者の利益よりも加入者の利益を優先することを意味し、単に「適している」だけでなく、その時点の状況に照らして加入者にとって最も有利な選択肢を提示することが求められる。
- 合理的な報酬:助言に関連して受け取る報酬は、提供されるサービスの価値に対して合理的でなければならない。
- 誤解を招く記述の禁止:投資推奨、手数料、利益相反の説明において、重要な事実を隠したり、誤解を招く表現を用いたりしてはならない。
- 書面による開示と承認:自らがERISA上の受託者であることを書面で認めるとともに、サービス内容や潜在的な利益相反を開示する必要がある。
この免除規定により、レコードキーパーは「利益相反があること」だけを理由に推奨を禁じられるのではなく、利益相反を適切に管理・開示し、加入者の最善の利益のために行動することを条件に推奨が許容されている。
コンピュータ・モデルによる助言(PPA 2006のセーフハーバー)
個別商品の推奨において、レコードキーパーが利用し得るもう一つの経路が、2006年年金保護法(Pension Protection Act of 2006:PPA)により設定された「適格投資助言アレンジメント」である。これは、人間のバイアスを排除したコンピュータ・プログラムを通じて助言を提供する場合、一定の禁止取引規制が免除される仕組みである。
PPA 2006のセーフハーバー適用には、コンピュータ・モデルが少なくとも以下の要件を満たす必要がある。
- 一般に認められた投資理論を適用し、資産クラスの過去の収益率を考慮すること
- 加入者の年齢、リスク許容度、その他の資産状況などの個別データを用いること
- 助言提供者または関連会社の商品に有利なバイアスがかからないよう設計されていること
- 独立した「適格投資専門家」による事前および定期的な認証を受けること
このモデルを利用すれば、レコードキーパーは「どの商品を購入すべきか」といった推奨を行うことができる。また、プラン・スポンサー(事業主)側も、セーフハーバーを利用する助言者を適切に選定・監視している限り、個別の助言内容そのものに対する責任を負わなくて済む。
マネージドアカウント
マネージドアカウントは投資助言よりも一歩進んだサービスであり、加入者が自らポートフォリオを選択・維持するのではなく、専門家にその権限を全面的に委任する仕組みである。マネージドアカウントについての概要はこちらを参照。
マネージドアカウントを提供する主体は、ERISA第3条(38)項に基づく「投資マネージャー」として位置づけられる。
エリサ法第3条(21)投資助言者と第3条(38)投資マネージャーの対比
| 特徴 | エリサ法 3(21) 投資助言者 | エリサ法 3(38) 投資マネージャー |
| 権限の性質 | 非裁量的。推奨は行うが、最終決定は加入者やスポンサーが行う | 裁量的。加入者に代わって資産の売買やリバランスを実行する権限を持つ |
| 責任の範囲 | 共同受託者(Co-Fiduciary)として、スポンサーと責任を共有する | 投資の意思決定に関する主たる受託者責任を負う |
| 資格要件 | 特になし(実質的に助言を行えば該当) | 銀行、保険会社、または1940年投資助言者法に基づく登録投資助言者(RIA)に限定 |
受託者責任を引き受けるERISA 3(38)投資マネージャー
プラン・スポンサーは、自らが投資の専門知識を持たない場合、適格なERISA 3(38)投資マネージャーを雇うことで、不適切な運用が行われた際の賠償責任の大部分をその専門家に転嫁できる。レコードキーパーがこのサービスを提供する場合、彼らは自らが受託者であることを全面的に認め、その責任に見合った手数料を徴収する。
また、2007年のDOL規則により、マネージドアカウントは適格デフォルト商品(Qualified Default Investment Alternative:QDIA)の一つとして認められた。これにより、加入者が自ら運用指示を出さない場合に、事業主が自動的に資産をマネージドアカウントに振り向けることが法的に保護されるようになり、普及が加速した。
マーケットのトレンド
投資助言とマネージドアカウントは「併設」が主流
現在、米国では「投資助言のみ」を提供する業者よりも、「マネージドアカウント(運用の実行まで)」も提供する業者の方が多く、後者が主流である。近年の典型は、(1)無料〜低コストの「オンライン助言」と、(2)有料の「マネージドアカウント」を併設し、加入者が選べるようにする形である。「投資助言しかやっていない」というより、「投資助言のみ」を入口として持ちつつ、上位サービスとしてマネージドアカウントも提供するパターンが実態として多い。
マネージドアカウントを提供する業者が多い背景には、記録管理手数料(レコードキーピング・フィー)が価格競争で下落してきたことがある。結果として、付加価値サービス(マネージドアカウント)のフィーで収益を補うビジネスモデルへの転換が進んでいるのである。
マネージドアカウントの普及率と利用率
Plan Sponsor Council of America(PSCA)のデータでは、マネージドアカウントを導入しているプランの割合は、2021年の43.6%から2024年の55.0%へと上昇している。
また Vanguard “How America Saves 2025” では、マネージドアカウントを提供しているプラン比率は45%、マネージドアカウントが利用可能な状態にいる加入者比率は79%となっている。
一方で、加入者の利用実態は高くない。同じくVanguardのデータでは、2024年末時点の加入者の利用率として、TDFが59%であるのに対して、マネージドアカウントは9%となっている。この9%は過去数年ほぼ横ばいで推移している。プラン側の採用率(45%)と比べると、加入者が自発的に選択するハードルがまだ高いことが分かる。
Dynamic QDIA
マネージドアカウントの利用率が伸びていない背景としては、以下が考えられる。
- デフォルトファンド(QDIA)の中心はTDFで、マネージドアカウントをデフォルトとしているプランは少ない(例:TDF 94% vs マネージドアカウント 1%〜3%程度)
- 費用差(TDFが10bp程度に対し、マネージドアカウントは30〜60bp)
- 利用開始にあたり、DC以外の資産などの入力が必要になり、加入者の手間が大きい
これに対して近年登場しているのが、デフォルト運用を固定せず、ライフステージに応じてデフォルトを切り替えるDynamic QDIA(ダイナミックQDIA)である。
- 20代〜30代:資産がまだ小さいため、低コストのTDFで運用
- 50代以降:資産が積み上がり、退職設計が複雑になる局面で、自動でマネージドアカウントへ移行し、パーソナライズされた運用を提供(手数料が発生)
このモデルにより、レコードキーパーは「必要な時期に、必要な手数料を得る」仕組みを構築しつつある。加えて、これまで加入者の負担になりがちだったデータ入力も、AIが代替する方向に進みつつある。
訴訟リスクとモニタリング義務
推奨行為やマネージドアカウントが法的に可能である一方で、レコードキーパーは受託者として訴訟リスクを負う。特に自社グループ商品が絡むと、忠実義務違反を問う集団訴訟の対象となる。
ティブル判決と「継続的監視」の義務
2015年の連邦最高裁判決(Tibble v. Edison International)は、受託者には投資商品を「一度選んで終わり」にするのではなく、不適切な商品を継続的に監視し、必要であれば除外する義務があることを明確にした。この義務は、レコードキーパーやプラン・スポンサーに重くのしかかっている。
- 手数料の妥当性:同じ運用を行う投資信託に、より低コストな「機関投資家向けクラス」があるにもかかわらず、レコードキーパーの利益になる「リテール向けクラス」を推奨し続けた場合、注意義務違反とされ得る。
- パフォーマンスの監視:パフォーマンスがベンチマークを継続的に下回っている自社グループ商品をラインナップに残し続ける行為は、訴訟の標的となり得る。
- レベニュー・シェアリング:運用会社からレコードキーパーに支払われるキックバック(レベニュー・シェアリング)が、実質的に加入者のコスト負担を増やしていないか、厳格なチェックが求められる。
加入者データの利用とクロスセルの境界線
近年、レコードキーパーによる「推奨」の対象はプラン内の商品にとどまらず、プラン外の金融商品(IRA、保険、一般的な証券口座など)へと広がっている。ここで問題となるのが、レコードキーパーが業務上知り得た加入者データを用いて、これらの商品をクロスセルする行為である。
この領域について明確な法規制はまだ確立されていないが、裁判での争点は「加入者データはERISA上のプラン資産(Plan Asset)か」という点に集中している。
「加入者データはプラン資産であり、それを利用してレコードキーパーが自社商品を売ることは“プラン資産の私的利用”に当たる」という主張に対し、多くの裁判所は、データそのものをERISA上の資産とみなす主張を退けている。
もっとも、データ利用自体が直接禁じられないとしても、プラン・スポンサーにはサービス提供者の行動を監視する義務がある。契約によってデータ利用を制限する動きは強まっている。
2025年大統領令とオルタナティブ投資への道
2025年8月7日にトランプ大統領が署名した大統領令「401(k)投資家へのオルタナティブ資産アクセスの民主化」は、今後の推奨行為の対象を大きく変える可能性がある。この命令は、これまで流動性の低さや手数料の高さから敬遠されてきたプライベート・エクイティ、不動産、デジタル資産などをDCプランに組み込みやすくすることを目的としている。
レコードキーパーやアドバイザーにとって新たな推奨機会となる一方で、以下のリスクも内包する。
- 流動性の欠如:毎日値付けが行われず、解約制限がある資産を、毎日の拠出と解約が発生する401(k)プランにどう組み込むのかという実務的課題
- 評価の困難さ:公開市場がない資産の価値を誰が保証するのか
- 教育の必要性:複雑な商品を理解していない加入者に対する「推奨」が、後に「不適切な勧誘」として訴えられるリスク
大統領令はあくまで政策の方向性を示すものであり、ERISAが定める受託者責任を免除するものではない。したがって、これらの新しい資産を推奨する場合でも、前述のPTE 2020-02などの基準に照らして「加入者の最善の利益」であることを示す必要がある。
SECのRegulation Best Interest(Reg BI)との交錯
レコードキーパーの多くは、証券ブローカー・ディーラーとしてのライセンスも保有している。この場合、ERISAだけでなく、証券取引委員会(SEC)が管轄する「Regulation Best Interest(Reg BI)」も遵守しなければならない。
Reg BIは、ブローカーが個人顧客に対して投資推奨を行う際、顧客の利益を第一に考え、自らの利益を優先してはならないという基準である。これはERISAの最善利益義務と類似している。
- 開示義務:手数料、サービス内容、利益相反についての開示
- 注意義務:推奨する商品のリスク、リターン、コストを十分に理解すること
- 紛争管理義務:利益相反を特定し、それを是正または開示するためのポリシー策定
レコードキーパーが個別商品を推奨する際には、Reg BIの基準を満たすためのコンプライアンス・プログラムを、ERISA上のPTE 2020-02を満たすための基盤として流用することが一般的となっている。
日本への示唆
わが国では、冒頭に触れたとおり、運営管理機関による商品の推奨行為は、加入者保護の名の下に厳格に封じられている。そのメッセージがあまりに強いためか、現場では「この情報提供は推奨に当たらないだろうか」といった警戒心ばかりが、過剰なまでに広がっているように思われる。
一方で、日本の加入者の多くが商品選びに悩んでおり、その結果、元本確保型商品に資産を滞留させたり、分散しているつもりで同一銘柄に重複投資したりする実態もある。ひと言でも「それではインフレで目減りするだけですよ」とか、「それは分散ではなく集中投資になってますよ」といった言葉があれば、行動を変えられた加入者もいたはずである。ところが、それが推奨に当たるおそれがあるために、そうした言葉が伝えにくい状況にある。これでは、「安全のための推奨禁止」というルールが、むしろ健全な資産形成の妨げになっているともいえるのではないか。
法律で定められているからという理由だけで思考停止するのではなく、「なぜ助言をしてはいけないのか」「適切な助言があれば、資産形成に関心を持つ人や、より賢明に運用できる人も増えるというプラスの側面もあるのではないか」といった疑問を持つことが大事である。
確定拠出年金法は25年前に制定された法律である。その間に、人々の意識も、テクノロジーも、運用を取り巻く環境も大きく変わった。米国の実態も参考にしながら、投資助言について、そろそろ新しい時代に即した議論を始める必要があるのではないか。