米国DCにおける「リタイアメント・インカム・ソリューション」とは?

米国401(k)プラン

資産を「生涯続く安定収入」へつなぐ橋渡し

リタイアメント・インカム・ソリューションとは、DCで積み上げてきた資産を、退職後の生活資金として計画的に取り崩し、必要に応じて生涯続く収入へ転換していくための仕組みや商品の総称です。

DCは本来、個人ごとの口座残高を形成する制度であり、公的年金や伝統的な確定給付年金(DB)のように、制度そのものが生涯給付を約束する仕組みではありません。

(注:日本のDB給付は確定年金が多いが、米国のDBでは終身年金や配偶者への遺族年金を含む給付形態を用意する必要がある)

そこで注目されているのが、DC口座の残高を、退職後の安定したキャッシュフローにつなげるリタイアメント・インカム・ソリューションです。

2つの基本アプローチ

リタイアメント・インカム・ソリューションには、大きく分けて「保証型」と「非保証型」があります。

保証型の代表は、保険会社が提供するアニュイティ(annuity)です。加入者がDCプラン内、または退職時に、資産の一部でアニュイティを購入することで、生きている限り一定の収入を受け取る仕組みです。長生きリスクに対応できる一方、いったん年金化すると流動性が制限される、インフレに弱い場合がある、保険会社の信用力に依存する、といった課題があります。

※英語のpensionannuityはともに日本語では「年金」と訳されますが、ニュアンスはかなり違います。pension は、主に老後の所得保障を目的とする制度や給付を指します。public pension(公的年金)、occupational pension / workplace pension(企業年金・職域年金)、pension plan / pension scheme(年金制度)といったように使われます。一方、annuity は、制度というよりも 定期的な支払いの形態、あるいはその支払いを生み出す保険・金融商品 を指します。life annuity(終身年金)、variable annuity(変額年金)、deferred annuity(据置年金)、annuitization(一時金を年金払いに転換すること)といった使われ方をします。

非保証型は、専門家やシステムが加入者の年齢、資産残高、市場環境などを踏まえ、毎回どの程度の金額を引き出すのが望ましいかを示したり、自動的に払い出したりする仕組みです。いずれも資産を自由に使える柔軟性がある一方、市場の下落や想定以上の長寿によって、資産が枯渇するリスクは残ります。

※あらかじめ決めた額や割合を定期的に引き出すシステマティック・ウィズドロー、市場環境や資産残高に応じて払い出し額を調整するマネージド・ペイアウト、加入者ごとの状況に応じて退職後の運用と取り崩しを個別に設計する退職後マネージド・アカウントなどがある。

従来、企業が導入しやすかったのは、どちらかといえば非保証型でした。非保証型であれば、企業は運用商品やサービス提供者を選定し、適切にモニタリングするという、従来型の受託者責任の枠組みで対応しやすかったからです。

これに対して、保証型のアニュイティには別の難しさがありました。アニュイティは、長期にわたって保険会社が支払いを続ける商品です。もし企業が選んだ保険会社が将来、30年後、40年後に支払不能になった場合、その保険会社を選んだ企業の責任が問われるのではないか、といった不安がありました。

この不安が、長らくDCプラン内でのアニュイティ普及を妨げてきた大きな要因でした。

SECURE法による転換点

この状況を変えたのが、2019年に成立したSECURE法(Setting Every Community Up for Retirement Enhancement Act)です。SECURE法は、DCプラン内でリタイアメント・インカム・ソリューション、とくにアニュイティを採用しやすくするため、重要な手当てを行いました。

1. アニュイティ選定に関するセーフハーバー規定

最も重要なのは、保険会社を選定する際の受託者責任について、セーフハーバー規定が設けられたことです。

(※セーフハーバー規定とは、「この手順を踏んでいれば、あとで責任追及されるリスクを減らせる」という安全地帯を示すルールです。金融、年金、税制、労務など判断が難しい分野で使われることが多く、法律そのものに書かれる場合もあれば、行政機関が規則やガイドラインなどで具体的な条件を定める場合もあります。)

企業がDCプランにアニュイティを導入する場合、保険会社の財務能力、商品のコスト、給付内容、管理サービスなどを検討する必要があります。ただし、一定の手続きに従って保険会社を選定すれば、その後に保険会社が支払不能となった場合でも、企業はその損失について責任を問われにくくなるという規定です。

もちろん、企業が何を選んでもよいという話ではありません。企業にはなお、客観的で十分な調査を行い、保険会社の財務能力や商品の合理性を検討する責任があります。

それでも、将来の保険会社破綻リスクまで無制限に企業が背負うのではない、という見通しが明確になりました。この点が、企業にとって大きな心理的ハードルの低下につながりました。

2. ポータビリティの向上

もう一つの重要な改正が、リタイアメント・インカム商品のポータビリティです。

従来、DCプラン内でアニュイティを購入した場合、企業がその商品をプランのラインナップから外す、あるいは加入者が転職する、といった場面で、取り扱いが問題になることがありました。商品によっては解約控除がかかることがあり、また59.5歳前の引き出しであれば早期引出しペナルティ税が生じる可能性もあります。

SECURE法は、DCプラン内のアニュイティ商品がラインナップから外される場合などに、その商品をIRAや新しい会社のプランなどへ移す道を整えました。一定の要件を満たせば、税務上も給付ではなく移換として扱われます。

たとえば、「生きている限り毎月20万円受け取る」という契約であれば、契約条件に従って、その基本的な給付設計を維持したまま外部へ移せる道が開かれます。「生涯収入につながる約束を持ち運ぶ」というイメージです。給付義務はあくまで保険会社に残ります。

これは「契約のポータビリティ」ともいうべき発想で、資産の流動性と給付の継続性を両立させようとする重要なルール変更です。

3. Lifetime Income Illustrationの義務化

さらにSECURE法は、加入者の意識にも働きかけました。それが、Lifetime Income Illustration、すなわち「終身収入換算額」の表示義務です。

SECURE法を受けて、DCプランの残高報告書には、現在の口座残高を一定の前提で終身年金化した場合に、月々どの程度の収入になるかを示すことが求められるようになりました。表示されるのは、単身終身年金と夫婦連生年金に相当する試算です。

DCでは、どうしても「残高がいくらあるか」に目が向きがちですが、退職後に本当に重要なのは「その残高が毎月いくらの生活資金になるのか」です。こうした開示は、加入者にとって大きな意味があると思われます。

たとえば、「1,000万円貯まっている」という数字だけでは、退職後の生活設計にはつながりにくい。これを「一定の前提で年金化すると月々いくら程度に相当する」と示すことで、加入者は資産残高を「点」ではなく、退職後の収入という「線」で捉えやすくなります。

この可視化によって、加入者側からもアニュイティのようなインカム・ソリューションを意識しやすくなり、金融機関の商品開発も後押しされることになりました。

こうした法整備により、DCプラン内でアニュイティを導入しやすい環境が整いました。これを受けて、大手レコードキーパーや運用会社も、リタイアメント・インカムを組み込んだ商品の提供を広げ始めています。

TDFとの融合

こうした流れの中で特に注目されているのが、ターゲット・デート・ファンド、いわゆるTDFとアニュイティの融合です。

TDFは、加入者の退職予定年に合わせて資産配分を自動的に調整する商品です。米国DCでは、QDIAの中心的な選択肢として広く使われてきました。そのTDFの中に、退職が近づくにつれて保証付き収入につながる部分を組み込む動きが出ています。

代表例がBlackRockのLifePath Paycheckです。これは、TDFを通じて保証付き収入へのアクセスを提供する仕組みで、加入者は一定年齢以降、資産の一部を保険会社のアニュイティ契約に転換し、生涯収入を得る選択ができます。Voyaは2025年8月、このLifePath Paycheckを自社のレコードキーピング・プラットフォームに追加すると発表しています。

この流れは、投資型と保険型の境界が曖昧になってきたことを示しています。現役時代はTDFで資産形成を行い、退職が近づくと資産の一部を保証付き収入に振り向けるという、資産形成と退職後所得設計を一体化する発想です。

DCは「貯める制度」から「使う制度」へ

米国DCの関心は、いま「いくら貯めるか」から「その資産をどう使うか」へ移り始めています。

これまでの401(k)プランは、主として資産形成のための制度でした。しかし、DCが老後所得保障の中心になっていけばいくほど、「リタイア後に資産をどう取り崩していくか」は社会的に重要になってきます。リタイアメント・インカム・ソリューションは、この課題に対する米国DCの回答です。

必要な生活費の一部を保証付き収入で支え、残りの資産は運用と柔軟な取り崩しに残す。こうした組み合わせが、今後のDCプラン設計の重要なテーマになりつつあります。DCプランは、単なる「資産形成の場」から、「退職後の収入をつくるプラットフォーム」へ進化しつつあります。

翻って日本のDCを見ると、給付形態はほとんどが一時金に偏っています。公的年金の補完と位置付けられているにもかかわらず、実際には「年金」として受け取られている事例は限られています。

(※老齢給付金の新規裁定者数の89%は一時金のみ選択、2%が一時金と年金の併給を選択、年金のみ選択は9%(確定拠出年金統計資料(2025年3月末)運営管理機関連絡協議会より計算))

背景には、一時金で受け取った方が有利になりやすい税制、金融機関の手数料体系、年金受取商品や取り崩しサービスの乏しさがあります。さらに、年金化するほど十分な資産が形成されにくい低い拠出限度額も大きな制約になっています。

終身年金の提供が標準ではない仕組みを、果たして「年金制度」と呼んでいいのでしょうか。今のままでは、DCは「60歳までの引き出し制限がついた貯蓄優遇制度」の域を出ないように映ります。

老齢保障の一角を担う制度であるならば、資産をどう積み立てるかだけではなく、リタイア後にどう取り崩し、どう生活を支えていくかにも、もっと光を当てる必要があります。制度改革の議論も、商品・サービス開発も、これからは「貯めるDC」だけではなく、「使うDC」を正面から考える段階に入っていかなければならないと思います。

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