AIが変える確定拠出年金の投資助言①

投資助言

日本のDCこそAIが必要な理由

日常のあらゆる場面で生成AIの進歩には驚くばかりであるが、確定拠出年金(DC)の世界も例外ではなさそうである。つまり、AIが加入者一人ひとりの状況に応じて、資産運用や商品選択についてアドバイスする「AIによる投資助言」の時代が来つつあるのである。

「そんなことをして大丈夫なのか」と感じる人も少なくないだろう。しかし、むしろ日本のDCこそ、AIによる投資助言の恩恵を最も大きく受ける制度ではないかと考える。

なぜなら、日本のDCは制度発足以来、「加入者の自己責任」を標榜する一方で、その自己責任を支える個別的な支援をあまり提供してこなかったからである。

「自分で選ぶ制度」として始まったDC

DCでは、加入者一人ひとりの口座に掛金が拠出され、加入者自身が運用商品を選択する。将来受け取る金額は、運用成果によって変わる。

制度を導入する事業主や運営管理機関は、加入者に対して投資教育を行う。しかし、加入者の年齢、資産、家族構成、退職予定などを踏まえて、

「あなたの場合は、この商品を選んだ方がよい」

「現在の資産配分は株式が少なすぎる」

「この商品から、こちらの商品へ変更した方がよい」

といった個別的な助言を行うことには、厳しい制約が設けられている。

制度は加入者に「自分で選びなさい」と求めるが、「自分はどう選べばよいのか」を具体的に教えてくれる人はいない。ここに、日本のDCが抱えてきたジレンマがある。

投資教育だけで人は行動できるのか

投資教育では、株式と債券の違い、リスクとリターンの関係、長期・積立・分散投資の考え方などを教える。これには重要な意味がある。

しかし、一般的な知識を学ぶことと、自分の資産を実際にどう運用するかを決めることは別の問題である。

例えば、「長期投資では株式を一定程度保有することが望ましい」と学んだとしても、自分の株式比率を30%にすべきか、50%にすべきか、70%にすべきかは分からない。

退職までの年数だけでなく、預貯金、住宅ローン、退職金、公的年金、家族構成、収入の安定性、リスクに対する心理的な耐性などによって、適切な選択は変わる。

投資教育の役割は、いわば地図の読み方(how)を教えることである。しかし、多くの加入者が本当に知りたいのは、「自分は、どこに行けばよいのか(where)」である。

日本のDCでは、この問いに正面から答える仕組みが乏しかった。

自己責任が「自己放任」に

加入者に選択の自由を与えることと、加入者を一人で放置することは同じではない。日本のDCでは、自己責任という言葉が、結果として「自己放任」に近い状態を生み出してきた面がある。

投資に自信がない人は、元本確保型商品に資産を置いたままにする。あるいは、最初に決めた配分を何十年も見直さない。よく分からないので、指定運用方法のままにする。逆に、直近で値上がりした商品に資産を集中させる。

こうした行動を、単純に加入者の知識不足や無関心のせいにするのは適切ではない。日本では、自分の老後資産について重要な判断を求められながら、具体的な相談相手を与えられていないのである。

制度が加入者に自己責任を求めるのであれば、本来は、その責任を果たせるだけの意思決定支援も用意すべきであろう。

米国は「一人で選ばせない」方向へ進んだ

米国の401(k)プランも、基本的には加入者自身が運用する制度であるが、加入者に投資教育を行うだけでなく、意思決定の負担を軽くする仕組みも発展させてきた。

その代表が、ターゲット・デート・ファンド(TDF)である。TDFは、加入者の退職予定年に応じて、株式や債券の配分を自動的に調整する。加入者は、退職予定年に近いファンドを一本選ぶだけで、分散投資と年齢に応じた資産配分の変更を実現できる。

さらに、米国ではマネージドアカウントも広がっている。マネージドアカウントでは、年齢だけでなく、給与、口座残高、拠出率、他の金融資産、リスク許容度などの情報を用いて、加入者ごとに異なる資産配分を提示し、運用そのものを代行する。

つまり米国では、自己責任主義を維持しながらも、「すべてを一人で判断させない」方向へ制度を発展させてきた。加入者の自由を奪ったわけではなく、加入者がより良い結果を得られるように仕掛けを整えてきた。

一方、日本では依然として、加入者が自分で商品を選ぶという形式が重視され、その判断を具体的に支援する仕組みは十分に整備されていない。

生成AIが変える「相談」のかたち

そうした中、生成AIが登場した。生成AIの重要な特徴は、一般的な説明だけでなく、利用者との対話を通じて、その人の状況を整理できることである。

例えば、加入者が次のような情報を入力したとする。

「私は52歳です」

「年収は800万円です」

「65歳まで働く予定です」

「DCの残高は1,000万円です」

「預貯金は500万円、NISAは300万円あります」

「住宅ローンは3,000万円残っています」

「退職金は1,500万円の予定です」

「私が加入するDCには、これらの商品があります」

従来の投資教育であれば、それぞれの商品や分散投資の一般論を説明するところまでで終わる。

しかしAIであれば、これらの情報を組み合わせて、

「退職まで13年あるため、すべてを元本確保型にする必要性は低いと考えられます」

「一方、退職金の多くを住宅ローン返済に使う予定なので、流動性資産も確保しておく必要があります」

「現在のNISAも含めて考えると、DCではこのような資産配分が選択肢になります」

といった形で、その人に即した説明をしてくれる。

さらに利用者は、

「なぜ株式を増やした方がよいのか」

「相場が下落した場合はどうなるのか」

「住宅ローンを優先して返済した方がよいのではないか」

といった質問を、納得するまで続けられる。

これは、従来の一方向的な投資教育とは大きく異なる。AIは単に答えを示すのではなく、加入者が自分の状況を理解し、自分なりの判断に到達する過程を支援してくれるわけだ。

人間のアドバイザーに相談できなかった人も利用できる

これまで個別の投資助言を受けられたのは、主に一定以上の金融資産を持つ人であった。ファイナンシャルアドバイザーが一人ひとりの状況を聞き、資産配分を考え、継続的に助言するには相応のコストがかかる。

DCの残高がまだ数十万円という若い加入者に対して、専門家が個別に時間をかけて助言するビジネスは成立しにくい。しかし、資産額が小さい若年期こそ、その後の運用成果を左右する重要な時期である。適切でない資産配分を何十年も続ければ、その影響は大きい。

生成AIであれば、利用者の資産額にかかわらず、無料もしくは低いコストで個別の対話を提供できる。

これまで人間のアドバイザーに相談できなかった人も、具体的な支援を利用できる。つまり、投資助言を一部の富裕層だけのものから、広く一般の加入者に開放する可能性が広がるわけである。

AIだからこそ質問できることもある

AIには、人間のアドバイザーにはない利点もある。

たとえば、初歩的な質問をしても恥ずかしくないし、同じことを何度聞いても嫌な顔をされない。自分の理解できる言葉に言い換えてもらえる。夜間や休日でも相談できるし、商品を勧められているのではないかと警戒せずに済む。

特に金融の相談では、「こんなことも知らないと思われたくない」という心理的な抵抗が生じやすいものだが、AIはその抵抗をなくしてくれる。加入者は、人には聞きにくかった質問を、AIには率直に尋ねられる。

「株式は怖いのですが、本当に保有した方がよいのでしょうか」

「元本確保型だけではなぜいけないのですか」

「60歳直前に相場が暴落したらどうなりますか」

こうした不安に何度でも向き合ってくれることは、大変ありがたいことだろう。

AIのリスク

もちろん、AIによるアドバイスはよいことばかりではない。

入力された情報が不十分であれば、適切でない回答をする可能性がある。事実と異なる情報を、もっともらしく説明することもある。利用者のリスク許容度を正しく把握できているとも限らない。

また、企業型DCの商品ラインアップや個人情報を、外部の汎用AIに入力することには情報管理上の懸念もある。

仮に、特定の商品や運用会社を優遇するような設計がされていたとしたら、利益相反の問題も生じる。

こうしたことを勘案すれば、AIに任せればすべて解決すると考えるべきではない。

しかし、これらのリスクは、AIを利用しない理由というよりも、AIをどのように設計し、管理するかという問題でもある。

例えば、以下のような仕組みを整えることで、リスクを抑えながら、その利点を生かすことは可能になっていくと思われる。

・回答の根拠を示させる
・利用する情報の範囲を明確にする
・推奨理由を説明させる
・不適切な回答を監視する
・必要な場合には人間の専門家につなぐ
・回答履歴を保存し、後から検証できるようにする

規制の外側では、すでにAI助言が始まっている

日本のDC制度の中で投資助言サービスを提供しようとすれば、特定商品の推奨禁止や投資助言業規制との関係が問題になり、その検討が必要となる。

しかし、こうした検討を続けている間にも、加入者はChatGPTやGeminiなどの生成AIに相談できてしまう。

自分の年齢、資産、退職予定年齢、DCの商品ラインアップを入力すれば、かなり具体的な提案が返ってくる。iDeCoの場合には、運営管理機関名を伝えることで、AIが公開情報から具体的な商品ラインナップを調べたうえで回答することも可能になっている。

制度の内部では個別助言が制限されている一方で、制度の外ではAIによる事実上の個別助言が広がり始めているのだ。

しかも制度外の汎用AIは、DC運営管理機関や登録された投資助言業者のように明確な責任を負っているわけではない、という奇妙な状態が発生している。つまり、規制に服し、加入者や商品の情報を有している制度内の事業者ほど具体的な助言を提供できず、制度の外にある汎用AIほど自由に回答できる。

加入者保護のために助言を制限してきた結果、加入者が責任の所在が曖昧な主体を選好するという、本末転倒ともいえる事態が起き始めている。

自己責任原則を見直す契機に

生成AIの登場は、日本のDCで半ば当然のごとく扱われてきた徹底的な自己責任原則を、改めて考え直す契機になるのではないか。

もちろん、自己責任原則そのものが間違っているわけではなく、最終的にどの商品を選び、どの程度のリスクを取るかは、加入者本人の意思に委ねられるべきである。

しかし、自己責任とは、何の支援も受けずに一人で判断することでもない。必要な情報が整理され、選択肢の意味も説明され、自分の状況に照らした助言を受けたうえで、最後は自分で決めるというのが、本来の自己責任と考えられる。

日本では、これまで個別助言を避けることが、加入者保護に資するかのように考えられてきた。しかし、助言を受けられないために、加入者が何も選べずに元本確保型に放置される、あるいは分散投資しているつもりが重複投資に陥ってしまい、結果として十分な老後資産を形成できないとすれば、それは本当に加入者保護といえるのだろうか。

AIは、こうした論点にスポットライトを当てる。

日本のDCこそAIが必要

米国では、ターゲット・デート・ファンド、マネージドアカウントなどを通じて、加入者の意思決定の負担を軽減する仕組みが発達してきた。AIによる投資助言は、その延長線上に位置付けることができる。

一方、日本では、個別助言が十分に発達しないまま、加入者の自己責任ばかり強調されてきた。だからこそ、日本のDCにおけるAIのインパクトは、米国以上に大きいかもしれない。

AIは、これまで具体的な助言を受けられなかった加入者に、初めて「自分の場合はどう考えればよいのか」を示す可能性を開いた。それは、日本のDCが、

「情報は提供しました。あとは自分で決めてください」

という制度から、

「あなたが納得して選べるよう、具体的に支援します」

という制度へ変わることを意味する。

日本のDCにおけるAI活用は、単なる新しいデジタルサービスではなく、長く固守されてきた自己責任原則と加入者支援の関係を組み替える、画期的な変化になり得ると考える。

それでは、汎用AI、あるいはその事業者は責任を負わないのであろうか。また、もし金融機関がAI助言をサービスとして提供するとした場合、その責任はどう考えるべきなのだろうか。

将来の議論に委ねられている部分は多いが、こうした問題について一足先に考察を重ねている米国の状況を、次回紹介したい。

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